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あるペシミストの日常
退職しました。


腰を傷めてからというもの、

手術前後で7ヶ月半、仕事を休んでおりました

通算で4年にわたる付き合いです。


手術の予後もあまり良くなく、

精神的に参ることも多々あったりなどして

8月末日付で、

今の会社から退職させていただくことになりました。



あと3日、仕事を続けていたなら、

私がユカンヤとなってからちょうど10年。

休職のブランクや、正社員登用までの年数を考えると

もう少し短くはなりますが。



私は、大好きだった仕事であるユカンヤを辞めました。





最初の頃は、なかなか仕事が覚えられず、

また、手つきや仕草の丁寧さが求められる仕事であるので

がさつに生きてきた私はとても苦労して

先輩や上司を困らせたものです。


根気よく、諦めずに仕事を教えてくれた上司が居て

ユカンヤとしての私はその人のおかげであると今も思っていますが

一人前になってこれから、という時に腰を傷めてしまい

結果的には何の恩返しもできないままに退職。



挫けて何度も辞めようと思った時にも励ましてくれて

「なかなかできる仕事じゃないから」と思い直したりなどして

今まで頑張ってきて、復職もする予定でした。


その際、謂われのない…かどうかは不明ですが

第一声に詰られて、私の心は折れてしまいました。



それでなくても、現場の仕事から遠ざかっていたので

毎月の給料が減り(基本給+歩合制)

忙しい仲間を尻目に何もできない悔しさだとか

そういうものと戦ったりして精神的に参っていたので

休職の間の、解放された生活に慣れてしまった心には

「戻ってきたってお前の居場所なんかない」

と宣告されたような厳しく冷たい言葉に萎縮してしまって


大好きな仕事をしたいから、という願いでも

恐怖感のほうが勝ってしまって、無理でした。



一方的に怒鳴られ、返答をかえす間もなく切られた電話を握りしめて

私は選択の岐路に立たされました。




今までも、腰のためや風邪で休んだ後の冷たい空気は

何度か経験していましたが

「私はユカンヤの仕事がしたい」という思いが

その職に頑固なまでにしがみつかせてくれていました。



でも、もう無理なんだろうなと

怒鳴った上司の声を聴いて感じてしまったんです。



主治医からも、仕事はできれば変えたほうがよいとも言われており

これがいい機会なのかもしれない、と思い

退職願を書きました。


次の仕事を見つけるべく、数社面接も受けたりしました。



うっかり出勤してしまい、

「あれ?ほしょさん辞めたじゃん」と言われる夢だとか

誰に願っているのかわかりませんが

「ユカンヤの仕事がしたいです!」と泣き叫ぶ夢だとか

そんなのを見たりすることも多いです。




私にとってユカンヤの仕事は、誇りでした。


嫌われたり厭がられることも多い仕事です。

それでも「立派な仕事だね」と言ってもらえたり

悲しみに暮れているはずの遺族が丁寧にお礼を言ってくださったり

いいこともたくさんある仕事でした。



普通の女性なら目を背けるようなご遺体に

むしろ胸弾ませて真っ向取り掛かる

自分の精神は異常だとも思います。

でもそれは、この仕事では長所でしたし

目を背けなくて済むように出来た時には

とても満足感を覚えたものです。




私は他の人より劣る部分が、

容姿の面でも振る舞いの面でも

仕事の速さでもありました。


道具は丁寧に扱い、時間をかけるだけの質を求めて

遺族は何をお望みか、どうすれば綺麗になるのか、

毎日一生懸命に取り組みました。


細かい点で言えばいろいろと問題はあるものの

部署内の仲間も素晴らしい仲間でした。






でももう、その仕事はできません。

体がもつ限り、一生続けていきたいと思っていた仕事なだけに


少し、寂しいです。




再就職にも厳しい年齢。

それでも生きていくためには働かなくてはならず

仕事も探しています。


腰が痛いとか、言ってられないっていうw



愛していた仕事は失いましたが、

逆に言えば、結婚もしていないし私は自由になったわけで

職場に近いところに住まなければ、という制約もないし

どこへでも行けるわけです。

行った先に、同じような仕事が待っているかもしれないし。


仲間内の、小さな諍いや面倒な気遣いや

先輩たちから受けていた理不尽な扱いからも解放されて

私は自由になったんです。


そう思うことにして、求人サイトのジャンルも

いろいろな業種を探してみたりしています。


ああ、ハロワも行かなくちゃね。

定職が見つかるまでは、バイトで繋ごうかな。

なにせもう、お金がないどころかいろいろとマイナスが発生しているので

私は働かないといけないのです。



ちらっと、

本当にちらっと、


同じ稼ぐなら、ユカンヤで


と、思わないことはないです。




でももう戻れないので、

明日も生きるために私はがんばります。


ユカンヤじゃなくなりましたが、

ユカンヤ精神は忘れないで生きていこうと思います。

posted by ほしょ | 02:45 | しごと。 | comments(2) | trackbacks(0) |
現場!

この前、現場には来週辺りから復帰…

と書いたのですが、

いきなり今日、現場復帰となりました。



前日、上司から「明日からできる?」ってメールが届き

浴槽を使わないパターンならどうにか、と返事したところ

「忙しくて人手もないし、つらいのわかるけど出動してもらうわ」

とのこと。



ええええええええええええええ



と驚きつつも、

人手がないならしょうがない、

デスクワークばかりじゃ申し訳ないし

また現場に出れないジレンマで心が折れるかも、

ってことで引き受けました。



いきなりの業務は巨体の若い故人

うちで用意する白装束の

身頃が体に合わず足りなくて

ももチラのセクシーな感じになってしまいましたが

別の布を切って足を隠すことでどうにか形に。


棺は大きめのものだったので

どうにか納まったという感じで

若干窮屈そうに見えてしまうのですが

それはしょうがない…



ていうか


復帰第一弾で腰にクる仕事って

鬼ですかー!?><。


みたいな^^


昨日と打って変わって冷え込んだので

終わる頃には腰やばいマジやばい

どのくらいやばいかっていうとマジやばい

って感じになってましたが

やっぱり現場仕事は気が張って良いです。


明日からも頑張ろうと思ったのでした。

posted by ほしょ | 22:57 | しごと。 | comments(0) | trackbacks(0) |
ついに

つい先日、先輩の息子さんがかかったらしい。

先輩は会社命令の自宅待機。


仕事でも、入りました。



すぐ身近にまで来てるんだという実感が沸いてきます。



少し前に見た鳥インフルパンデミック対応ビデオみたいのでは

おいらたちのような職業者も、医療従事者ほどではなくても

割と優先的にワクチンを打ってもらえる

(死亡者が増加した場合、火葬炉が間に合わず、

遺体の適切な処置と保管ができる人間が必要なためとかで)

というような話がありましたが

今回全然そんな話これっぽっちも出てないしね…



いや

弱い人、最前線で向き合う人が優先されるのは当然なので

不満に思うとかでは まったくないし

ご遺体から感染する確率ってのは

ウイルスの生存期間から考えて

とても低いのはわかってるけれども



やっぱりちょっと怖いですな。



おいらはお気楽な一人暮らしだし

猫たんしかいないから持ち込む心配もないけれど

先輩のように家族がいたりして、

伝染したりしたらたまったもんじゃない。



それと

やはりどうしても長患いの末、とかではないから

遺されるほうの心の準備も出来てないことがほとんどで

別にそれは事故などでも同じことなんだけれども

見ていて より痛々しいのです。

posted by ほしょ | 23:49 | しごと。 | comments(0) | trackbacks(0) |
新人教育

最近マビばっかりなので
たまには仕事のことも。



中途で入社した新人くんがいます。


おいらが教育担当を命じられました。

おいらが入社したときは、先輩全員が師匠だった。
ここ数年は、師弟制度を導入している我が部署。

おいらは今まで弟子wをもったことがありません。


女性と男性で役割が違うので
女性は女性、男性は男性が担当するのが慣例なんですが
今回はおいらが男性の仕事も割とこなすということで
初の異性師弟です。

おいらとしては、女性を育ててみたかったので
男性を育てるのは超プレッシャー。


新人の育ち方如何で師匠の力量が問われるし
教えること自体は嫌いじゃないけれど
決して得意でもないし上手でもないほうなので
きちんと一人前にしてあげられるかどうか心配。

スポーツ畑出身ってことで、
ノリが体育会系のおいらとは
相性は悪くないはず。


しかし…如何せん物覚えが悪い(笑)


一度飲み込んでしまえばそつなくこなすんですが
飲み込むまでに同じことを数度言わないといけない。

特殊な業種だから知らなくて当然のことが多々あるし、
自分もそうだったし物覚えもよくないほうだったけれど
すぐに顔色を伺ってくるのがたまにイラッときたりww


ちなみに弟子でない後輩の指導は割と気負わずできます。
弟子となるとどうしてこんなにも難しいものなのか!
ただ教えるだけのことがこんなにも難しいなんて!


でもいい刺激にはなっています。
人を教えるのって、自分の勉強にもなるしね。


これも一人前の納棺師となるための修行のひとつなんでしょうな。


一緒に育とう!弟子よ!!

とりあえず早く仕事覚えてくれ(ぇ

posted by ほしょ | 21:31 | しごと。 | comments(0) | trackbacks(0) |
去っては来たり
同じ家族の中で


亡くなる



生まれる




ほぼ同時に起こった。

悲しくもあり、喜ばしくもあり


こんな時の
人の感情というものは

負が強く、正が少々劣る

そんな気がする


少し時間が経つとまた違うものだろうけれど



全く違う話になるけれど、例えば。

AさんがBさんを裏切ったとする
二人は純粋に親密だった時期もある関係

Bさんはその時、Aさんに裏切られた事実に対して
怒り、恨み、憎んだりするだろう

Aさんと楽しく過ごしたことや
穏やかに流れた時間のことや
かけてもらった優しい言葉も忘れてないが
負の感情を更に掻き立てるかもしれない

或いはそれすら忘れて
怒りや恨みや憎しみに捕らわれるかも。


「そんな時もあったのだから許そう」と思える人は少ないと思う


BさんはAさんを嫌って
Aさんが心底後悔して詫びたとしても

なかなか元通りの関係に戻るのは困難だろう


負の感情は、正の感情よりも
人の心に残り易いと思うから

許せる人間になりたいと思うし、
誰かの心にヒビを入れる人間になりたくないと思う

良い思い出をより多く、人に残せる人間になりたい




話は戻るが

今悲しみに暮れている人たちが
いつまでも悲しみの中に心を沈めないで
故人のことではなく、悲しみを忘れて

早く喜びで心を満たせるように

そんなふうに願った



新しい命に出逢えずに亡くなった人は気の毒だし
その家族もまた悲しみもひとしおだと思うけれど

ただ喪うだけの家族に比べたら
ちょっぴり幸運であるとも思えるわけで

励ましだと言っても
悲しい心に差はないのだから
第三者の勝手な言い分だけれども。


神様は時に 多くの人に
悪戯で意地悪な問題を投げかける
posted by ほしょ | 00:40 | しごと。 | comments(0) | trackbacks(0) |
鬱々
私の仕事は

葬家の感情を汲む妨げにならない程度に
自分の感情を殺して遂行しなければならないもの


でも最近
今までなかったことなのに

ふと気付けば
私的な思考が
手順を踏む合間に
ちらちらとよぎることがある


「この故人が私の大切な人だったら」

それはそれでアリなのかもしれないけれど
思わず涙ぐみそうになったりもして


どうしちゃったんだろう

仕事に慣れて気が緩んでるのかな
それとも単に雑念が大きいだけ?


式の最後、
手を合わせる瞬間には
心の中で

「南無阿弥陀仏」ではなくて
「ごめんなさい」と詫びている日々


集中してないわけじゃないけれど

今思ってるのは貴方のことじゃないんです、と

故人に対して。
葬家に対して。


…辞め時なのかなぁ…
posted by ほしょ | 22:20 | しごと。 | comments(0) | trackbacks(0) |
へこむ
仕事でのミスは少ない方だったのに
今日ちょっとありえないミスをやらかして
結構なオオゴトになってしまって
とてもとてもへこんだ。

正直、最近は業務外のことでは
少し投げやりになってたのかも。

結局はそんな姿勢が業務にも出るのにね

割と経験を積んできて、
いっぱしにこなせるようになったと
妙な自負があって
少し油断してたかもしれない

繊細な仕事を要求される職業なのだから
もっと気を引き締めてかからないと。
posted by ほしょ | 19:46 | しごと。 | comments(0) | trackbacks(0) |
小さな命
赤ちゃん。

まだ1歳にも満たない命が
小さな棺に納められて斎場に来ました。

小さな棺なのに、
その中に更にちいちゃな顔が。


そのまわりには、
花と、副葬品として、
祝福の証だったはずの品物…

哺乳瓶だとか、ぬいぐるみだとか、
まだ新しく見えるよだれかけだとか
小さな洋服だとか…

甥っ子のことを思い出して、
目頭が熱くなった。


そして、この子の親の哀しみやこれからを思うと

胸が潰れそう。
posted by ほしょ | 00:17 | しごと。 | comments(2) | trackbacks(0) |
若い故人
立て続けに担当した、若い故人。

一人は病死、一人は事故死。


ここのところ、若くして鬼籍に入る人が多い。

そういう業務では、普段は平静を保てるはずの
喪家の慟哭も、胸を突き刺し、抉るようだ。

大切な人を失くした哀しみに、差なんて無いはず。


なのに何故か、感情が巻き込まれ易くなる。


心が疲弊する。

まるで目の前で泣いている人と

同じぶんの涙を流したかのように。
posted by ほしょ | 20:24 | しごと。 | comments(0) | trackbacks(0) |